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詩篇23篇

表題


旧約聖書でも、クリスチャンでは有名な詩篇23篇に
曲を付けたものです。


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テーマ:人生を豊かに生きる - ジャンル:心と身体

明日は墓前礼拝

表題


明日は、教会のお墓の前で午後礼拝があります。


その時、義理母に分骨していた分を
義理母の希望で納骨します(合わせるんですね)

先日、命日に墓参りをしたら、
妻の大好きだった、ビタミンウォーター
病院仲間がそなえていました(*^^)v


おはか

テーマ:人生を豊かに生きる - ジャンル:心と身体

イースター

表題


イースターといえば、イースターエッグ、ですね。
礼拝でもらってきました。


イースターエッグ


桜も満開近いです。


流山街道


明日(9日)は、実父の遺骨を、5月16日に浜名湖沖で散骨する為に、
横浜の業者さんに伺い、粉骨処理をしてもらいに行きます。
横浜で花見の予定です。

テーマ:幸せに生きる - ジャンル:心と身体

使徒信条

表題


久しぶりに信仰カテゴリです。
使徒信条という、仏教でいう南無阿弥陀仏みたいなものが、
プロテスタント。カトリック教会で存在します。
今年は、今週が受難週(イエス様が十字架にかかった日)
今度の日曜日が、イースター(復活祭)です。


使徒信条の条文を書きます。


我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。

我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。

主は聖霊によりてやどり、おとめマリヤより生まれ、

ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、

死にて葬られ、陰府にくだり、三日目に死人の内よりよみがえり、

天にのぼり、全能の父なる神の右に座したまえり。

かしこよりきたりて生ける者と死にたる者とを審きたまわん。

我は聖霊を信ず、聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪のゆるし、

からだのよみがえり、とこしえの命を信ず。

アーメン



当時イスラエルはローマの支配下にあり、
ポンテオピラトはローマ人の判事役となるのですが、
当初、ポンテオピラトは、イエス様に何んの罪をも見いだせず、
無罪を主張しますが、
ユダヤ人議会のねたみ、畏れにより、
群衆を誘導し、十字架につけろと暴動を起こさせます。
ポンテオピラト自身は三度無罪を主張しますが、
最後には、群衆の主張により、イエス様を群衆に
引き渡してしまいます。
考えれば、非常に哀れな役人で。。。


但し、仮にここでポンテオピラトが死刑を言い渡していたならば、
今の、全世界のキリスト教が成立しません。


そうなってしまえば、神様の御怒りは、ユダヤ人ではなく、
ローマ人、他異邦人(全世界)に広がっていたのですね。


福音書(仏教でいえば般若心境みたいなもの)が4部あるのですが、
その中で、イエス様が十字架にかかる時、
病の人をいやしたり、罪びとをいやしたりしてきたそれまでと違い、
小さき存在として記述されています。


群衆は、期待に反してしまったイエス様を罵倒して、
十字架につけてしまいます。


ここで、神様の子供のイエス様が、
御ちからを出して、十字架から下りてしまっていたら、
今の人間の原罪の赦しはありません。


イエス様が人間の罪を背負って、死んでくださった。
という事により、人間は赦されたのです。


というわけで、ポンテオピラトは、その役割の意味を
後世に残すため、使徒信条に書かれているわけです。


解釈が違っていたらごめんなさい。^^;

テーマ:モノの見方、考え方。 - ジャンル:心と身体

詩篇23篇

久しぶりに信仰のお話をしますね。


久しぶりなので、前提からお話しますね。
仏教の場合、いろいろな神様がいます。
(諸説はありますが一般論として、新興宗教は除いています)


キリスト教の場合
ローマカトリックとプロテスタントに分かれますが
基本的には、神様は1つ(唯一神)です。
プロテスタントの場合、イエスキリストの生前に書かれた旧約聖書と
イエスキリストが人間の罪の為に死んでくださった以降書かれた
新約聖書に則って信仰をもちます。


三位一体という言葉があり
神、御子(神様の子供、地上におりたイエスキリスト)、
御霊(実際に信仰者とともにいる※正しくない場合があります)
が前提となります。
以降本文です。


旧約聖書の、詩篇23篇を書きます。
詩篇23篇は、キリスト者において有名な聖書箇所でもあります。
詩篇というのは、簡単に言ってしまえば旧約聖書の詩集といえます。
背景を説明しますと、昔エルサレムにダビデ王という、
神様に誠実な王様の、晩年の詩集です。


詩篇23篇
23:1 【主】は私の羊飼い。
 私は、乏しいことがありません。
23:2 主は私を緑の牧場に伏させ、
 いこいの水のほとりに伴われます。
23:3 主は私のたましいを生き返らせ、
 御名のために、私を義の道に導かれます。
23:4 たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、
 私はわざわいを恐れません。
 あなたが私とともにおられますから。
 あなたのむちとあなたの杖、
 それが私の慰めです。
23:5 私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、
 私の頭に油をそそいでくださいます。
 私の杯は、あふれています。
23:6 まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと
 恵みとが、私を追って来るでしょう。
 私は、いつまでも、【主】の家に住まいましょう。



ダビデ王の前にはサウル王がいました。
サウル王は、ダビデと同じく、神様から祝福を受けた人でした。
サウルはダビデの才能を見込んで、いわゆる「家来」にしますが、
やがて才能を恐れ、ダビデの命をねらうことになります。
ダビデは逃亡中、(確か)4回サウルの命を狙う事が可能でしたが、
同じ、神様を祝福した人物をあやめることはできないと
逃亡を続け、のちに王になりました。


1節では「乏しいことがありません」とありますが、
「乏しいことが決してありません」と解釈します。


2節では、「緑の牧場に伏させ」とは、
柔らかい草が生えている場所で、
安心して草を食べ、安心して身を横たえる事の出来る状態を
示します。


3節の「義の道」は救いに至る道のこと、
それは必ずしも平坦な道ではありませんが、
その道を歩ませる者に救いを得させるという意味を持ちます。


4節では「死の陰の谷」とありますが、
せまく険しく見通しのきかない場所、と解釈していただければと思います。
「あなたのむちとあなたの杖」
決して、むち、は神様からのむち、ではなく、
羊の外敵の狼から守るもの、
杖は、羊を導いたり、自らを支えたりする色々な道具です。
人生において、神様が導く道具とも言えましょう。


5節、「私の杯は、あふれています」は
人生を表現していて、信仰者の人生の豊かさを感謝している表現です。


6節、一番大事なことですが、
「いつくしみと恵みとが」は健全な精神と愛、と解釈して
いいのではないでしょうか?
「追って来るでしょう」
恵み「愛」が追ってくるという喜びの証言。
「私は、いつまでも、【主】の家に住まいましょう。」
キリスト教の場合、いわゆる天国に行くことが約束されています
それの喜びの証言です。


ダビデも人間です。色々な過ちを犯してきた事が、旧約聖書の
第1サムエル記、第2サムエル記を中心に書かれていますが、
一点だけ、常に神を前提とした人生を歩んできた、という事は
共通認識だと思います。


キリスト者は、同様に苦難があっても、喜びを忘れず、
利益、名誉に惑わされず信仰生活に生きたいものです。


参考文献
新改訳聖書第3版
新実用聖書注解(いのちのことば社)
解釈 らしんばん

テーマ:大切なもの。 - ジャンル:ライフ

光を放て

起きよ、光を放て。
あなたの光が来て、
主の栄光があなたの上に輝いているからだ。
イザヤ書60章1節


教会の年間聖句である。


2011年という年が日本において患難であったなら
2012年は日の本には、光を放ってほしい。


今年初めて、聞いた音楽
中島みゆき 荒野より


今年初めて、行ったこと
自転車こぎ




今年もよろしくお願いします。

テーマ:人生を豊かに生きる - ジャンル:心と身体

証し

「子どもたちよ。主にあって両親に従いなさい。これは正しいことだからです。
「あなたの父と母を敬え。」これは第一の戒めであり、約束を伴ったものです。
すなわち、そうしたら、あなたはしあわせになり、地上で長生きする」という約束です。
父たちよ。あなたがたも、子どもをおこらせてはいけません。
かえって、主の教育と訓戒によって育てなさい。」
(エペソ6:1-4)
この証の時をいただいた事、主に感謝いた
します。
 父が、天に召されて、約一ヶ月立ちました
5月7日未明、大阪府立病院機構、呼吸器アレルギー医療センター(以下、羽曳野病院)に救急入院し、
私と妻も流山から、車を走らせ8日早朝に到着しました。
DRいわく、肺気腫の肺炎合併により、すべての検査数値が非常に悪いことを教えられました。
その時脈拍数は150をこえていました。親族への病院側より判断を求められ、
簡易型人工呼吸器の装着を依頼しました。
その後、数値が回復してきたので、一時的に流山に帰り、
翌週も大阪の羽曳野病院に出向きました。
5月16日、宿泊先から、高速道路で帰宅途中、病院看護士から、
直ちに戻ってきてください。と入電があり、
清水インターより引き返した直後、入電し、午後9時14分、
肺気腫の為、天に召された事を、告げられました
さて、
人工呼吸器というのは、非常に辛いらしく、
5月14日、もう声が出なくなってきている、父より、
筆談で、人工呼吸器が辛い、という要望が多くなり、
本来であれば、鎮静剤を投与すべき所、
諸般の事情で、午後8時まで、会わなければいけない人を待つために、
鎮静剤の投与を見合わせていました。
その日の昼過ぎ、驚いた事に父が筆談で、
「私は神を信じます」との筆談がなされました。
父には、合うたびに、キリスト教への入信をすすめましたが、
折り合わず、無宗教で葬儀は行う、との一点張りで、
聞き入れられませんでした。
その父が、苦しみの中からでた言葉だったと思います。
急遽、牧師先生より、大阪の教会の牧師先生に連絡を取らさせていただき、
受洗を行っていただくために、ご足労頂きました。
牧師先生より、父へ、滴礼を行っていただきました。
受洗後、父は笑顔で、胸の前で、クロスを切り
(違うと思いましたがあえて言わすにしました)、
筆談で、「一英の為に入信した」、と告げられました。
主の大いなる力が、働いたのだと、核心しました。
その後、鎮静剤を少しずつ増量投与で、
父は苦しみから解放され意識は戻らずでした。
安らかに天に召されたと思います。
「あなたの父と母を敬え。」と聖書では述べ伝えられています。
ただ、私は父を敬ってはいたのですが、親不孝者だったと思います。
もう既に、父親の携帯電話に電話をしても、
父は出ません。
父を亡くしたという実感が沸くのに、
約1週間位かかりました。
「あなたの父と母を敬え。」
天に召されてからでは、敬うことが出来ません。
皆様も、敬う機会をのがさない様にして欲しいと思います。

テーマ:ひとりごと - ジャンル:心と身体

プロフィール

らしんばん

Author:らしんばん


45歳死別独身
千葉県流山市在住
2010年5月16日父親昇天
2011年5月11日妻昇天
※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません

頂き物

結婚記念日祝い
蒼様より



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